一年半の任期を終えて。


昨年1月28日に、突然のピンチヒッター登板で経済再生大臣を拝命し、あっという間の1年半、554日間でした。私が大臣を拝命した日の日経平均株価は1万7,041円でした。今日、8月3日の終値は2万,0029円です。この1年半余の間、少しでも経済再生が果たせるよう力を尽くしてきた、その努力が経済指標に多少なりとも反映されているのなら嬉しい限りです。


○現在の経済情勢
政権交代後、人口が減少する中でも、GDPは名目で9.1%増加し、水準でも、約540兆円という過去最高の水準となりました。また、第2次安倍政権発足と同時に始まった、息の長い景気回復は現在も続いています。4年半、54か月を超え、「バブル期」を超えて戦後3番目の長さになったといえます。ちなみに、戦後1番目となる最長は、不思議ですが名前がついていないのですが、小泉内閣から第1次安倍内閣・福田内閣にかけてとなる:2002年~2008年の73ケ月、2番目は高度成長期、佐藤榮作内閣における1965年~1970年の「いざなぎ景気」で57ケ月です。
今回の景気回復期の特徴は、国民生活に関わりの深い雇用が安定し、全国的に改善していることです。生産年齢人口が減少している中でも、政権交代後、就業者数は185万人増加し、うち8割以上、152万人が女性の就業者の増加となっています。失業率は3%程度まで低下し、この春、高校や大学を卒業した方々はほぼ全員、98%が就職でき、社会人としての人生をスタートさせました。また、有効求人倍率は、史上初めて47すべての都道府県で1倍を超えました。これは、高度成長期でも実現できなかったことです。
賃金についても、中小企業も含めて、多くの企業で4年連続のベースアップが実施されます。最低賃金についても、4年間で74円引き上げて全国平均823円、東京では932円となりました。今年も25円程度引き上げる方向で厚労省の審議会で議論が進んだところです。今後も全国平均1,000円を目指し、年率3%程度を目途に引き上げを図っていきます。こうした賃金上昇が定着していけば、デフレではない状況から 「デフレ脱却」が実現されると思います。

○経済再生、持続可能な成長に向けた「カギ」
しかし、そうした経済指標に表れる成果は、今後とも持続可能と言い切れるでしょうか。政権交代の後、我々は様々な構造改革を断行してきました。農業改革、法人税改革等です。しかしながら、その後に続く成長戦略が見えにくくなっていたのも事実ですし、私自身としても大臣着任の前には実感として感じていました。将来の世代に明るい未来をしっかりと引き継いでいくためには、経済再生を確固たるものにし「経済成長と財政再建を両立」させていくことが必要です。「経済成長なくして、財政再建なし」を推進し、国・地方合わせた税収を22兆円も増加させてきました。また、先ほど紹介した着実な景気回復、特に雇用の改善を通じ、例えば、65歳未満の現役世代の生活保護受給者が減少したり、国民健康保険の加入者が3年で280万人、企業の健康保険に移ったことで医療費の国庫負担が減少しています。このように経済再生が歳出面においても財政再建の後押しをしているのです。
さて、それでは、人口減少・高齢化、いわゆる「人口オーナス」という、世界で前例のない課題を抱えた日本が、今後、経済再生に向けて取り組むための「カギ」は何か。それは、人工知能、IoT、ビッグデータ、ロボットといった分野で新しい付加価値を生み出すイノベーションです。そして、その先端技術を、企業や個々人が活用できるようにし、実際の社会に落とし込むこと、すなわち我々が「社会実装」と呼んでいるものが重要です。先端技術を活用し、私たちの生活・働く現場を便利に快適に、一新していきます。
これを強力に実行し、人口減少下でも我が国が更なる成長を実現していくため、今年6月に「未来投資戦略2017」、いわゆる成長戦略を閣議決定しました。イノベーションと社会実装。この2つによって新しい商品・サービスを生み出し、潜在的な需要を開花させるとともに、生産性を抜本的に改善します。先のG7やG20でも披露し、各国から賛同と強い関心が寄せられましたが、世界に先駆けて日本が、歴史上第一にできた狩猟社会、第二の農耕社会、第三の工業社会、第四の情報技術社会・IT社会に続く、新しい超スマート社会である「Society 5.0」を実現していく。これが、まさに、日本の課題を解決する成長戦略となります。

○我が国の3つの強み
日本はいまピンチだという人がいます。しかし日本にはピンチをチャンスにかえる三つの強みがあります。「Society5.0」の実現を目前に、逆転の好機が来ているのです。
一つ目の強みは、モノづくりの強さです。日本には、モノづくりの現場があります。データを取るためのセンサーや、先端技術を搭載するロボット・自動車におけるモノづくり技術は、先ほどに申し上げた「イノベーションの社会実装」に大変重要なものです。
二つ目の強みは、リアルデータを大量に蓄積していることです。例えば、我が国の国民皆保険制度に基づく健康・医療情報。これは世界に類を見ない、様々な可能性を秘めたビッグデータです。
そして三つ目の強みが、高齢化やそれに伴う労働人口減少など、日本が抱える社会課題の先進性です。例えば、運転を控えたい高齢者の方々の買い物や、病院への足をどうするか。介護・医療現場の人手が限られている中で個人に最適な治療・ケアをいかに効率的に実現するか。そういった悩みが、あらゆる現場で世界に先駆けて生まれています。こうした課題の中に、新たな需要が潜在しています。日本自身が、イノベーションの巨大な実装の現場なのです。   これが、新たな医療介護システム、移動革命を推し進め、「Society 5.0」を実現していく強力なエンジンになります。
これらの日本の三つの強みを発揮し、社会課題を解決できる戦略分野への国を挙げた「未来投資」。これこそが「未来投資戦略」、成長戦略の最大のテーマです。未来投資戦略が狙う具体例を少し紹介しましょう。

○医療・介護の未来
まずは医療・介護です。団塊の世代が75歳となる2025年を目前にして、健康寿命をいかに伸ばすかは、我が国の喫緊の課題です。医療・介護におけるICTやデータの活用は、長い間、思ったようには進んできませんでした。しかし、技術の飛躍的な進歩を受けて、「予防・健康管理」と「自立支援」に軸足を置きつつ、新たな取り組みを本格稼働していきます。我が国の質の高い医療情報を匿名化した上でAI技術などと組み合わせれば、医療分野の研究開発が進展します。その第一弾として、先の通常国会では、担当大臣として、医療のビッグデータを研究開発に活用するための「次世代医療基盤法」を成立させることができました。4月28日のことです。この法律により、大学などの研究機関や製薬企業、医療システム関連企業などが、診療情報などの医療データを活用し、最先端の診断支援ソフトの開発や副作用の早期発見につながる研究が進むと期待されます。

○遠隔診療
病気の早期回復には、かかりつけ医による継続的な経過観察が大切です。経過観察を、無理なく効果的に受けられるようにするため、「対面診療」と「オンラインでの遠隔診療」を組み合わせるという新しい医療を次の診療報酬改定でしっかり評価します。この取り組みによって、医療現場が変わります。医師は、バラバラになっていた患者の健診・治療・介護記録を、一目で確認できるようになり、最適な治療がいつでもどこでも可能になります。家庭も変わります。市街地から離れて暮らす方の通院の負担は、遠隔診療により、例えば週1回から月1回に軽減され、かかりつけ医の診療を無理なく受けられるようになります。

○移動革命
テレビのCMでも見ない日が無い先端技術と言えば、皆さんは何を思い浮かべるでしょうか。間違いなく、その一つが「自動走行」だと思います。自動走行は誰もが安全に移動するための地域の足の確保や、物流を担うドライバー不足など、我が国の様々な課題の解決策となるでしょう。これをいかに社会で活用していくかが重要です。自動走行はいよいよ具体化されます。今回の未来投資戦略では、2022年に高速道路でのトラックの隊列走行の商業化を目指します。「隊列走行」とは、先頭車両のみドライバーが運転し、それに電子的に連結された後続車両は、自動走行システムで無人走行する、というものです。つまり、一人のドライバーで大量の貨物が輸送できるのです。これに向けて2020年には実際に「第二東名での隊列走行」を実現し、このため、目に見える公道実証を今年度から開始します。
お年寄りや誰もが安全に移動できる地域の足として、無人自動走行にも期待が多く寄せられます。2020年に無人自動走行による移動サービスを実現するため、本年度から、地域における公道実証を全国10カ所以上で実施することとしました。既に、沖縄などでは実施中です。こうした取り組みにより、自動走行が実際に活用されるという実感を、目に見える形で広く社会に共有していくことができると考えています。

○新たな農業
Society5.0の社会では、農業の現場も一新します。これまで人が畑に足を運び、目で見た情報で行われていた農作業。ベテランの方の経験と勘に頼った作業が中心でした。今回、これまでは手に入れることが出来なかった、農地や気象に関するデータを年内にオープンにしていくことを決定しました。そうしたビックデータに基づいて、ドローンやセンサーを使えば、効率的、かつ、きめ細やかに生育状況を把握できるようになります。経験や勘のみに頼らず、新規参入者でもおいしく安全な作物を収穫できるようになります。稼げる農業がどんどん実現するでしょう。
実際、私が今年4月に訪問した熊本県のベビーリーフ農場の社長も農業素人からの再出発だったそうです。今やICT技術を活用し、365日受注状況に合わせた安定した生産、出荷を実現する、ベビーリーフ栽培の最大手となっています。また、農業とはこれまで縁が無かったという若者が多く働いているのも印象的でした。こうした若くて意欲のある農業者を後押しする改革を実現していきます。これは長年、「都市農業」政策に携わってきた、農林族である私が言うのだから間違いありません。

○規制のサンドボックス(砂場)
イノベーションはスピードが勝負です。ただし、古い制度の下では、新しい技術が使えないことがあります。新しい技術を使えるようにするには、安全性を証明するデータがいる。データを取るには、新しい技術を使う必要がある。ところが、新しい技術は現行制度では使えない。これでは堂々巡りです。何も新しいことを実現できないまま、世界から取り残されてしまいます。
そこで「規制のサンドボックス」を創設することにしました。この「サンドボックス」というのは英語で砂場のこと。子供が何も気にせず遊べる砂場のように、「まずはやってみよう」というものです。参加者や期間を限定し、実証内容とリスクを説明した上で、それに納得し、同意することを前提に、実証する枠組みです。例えば、参加者を限定して行う「フィンテック」などが良い先行事例となるでしょう。
私は、行革担当大臣の時から、構造改革は「お金のかからない経済対策」であると主張し、力を入れてきました。国の赤字をこれ以上拡大させないためにも、「経済成長と財政再建」を手に入れる一挙両得のツールでもあり、イノベーションの成果をいち早く社会に取り込めるよう、こうした構造改革の新たな手法も用いながら迅速に対応していきます。

○人材力の抜本強化
ここまでお話した通り、今や、付加価値を生む源は「モノ」や「カネ」から、「ヒト」や「データ」にシフトしています。中でも、ヒト・人材に求められる能力は常に変化しています。急激にニーズが高まるIT人材は、我が国では2020年には約37万人が不足するとも言われています。社会の変化にあわせ、人々が生涯にわたってその能力・スキルを更新し、活躍し続けられるよう、政府として、その仕組み作りを急ぎます。
これから、人材への投資は大きなテーマとなります。意欲ある人がどんどん新しいチャレンジをすることで、イノベーションが私たちの生活に取り込まれ、Society5.0が実現されます。今回の成長戦略で、そういった「未来への投資」を日本が一体となって進めていきたいと考えています。

○海外の成長を取り込む経済連携 ~TPP11、日EU・EPA~
ここまで、国内の経済成長について述べてきました。人口減少の日本にとっては、海外の成長を取り込むことも大きな成長戦略となります。大臣に就任して以降の、ビックサプライズは、昨年6月「英国のEU離脱」を決めた国民投票結果と、昨年11月の「米大統領選挙の結果」だったかと思います。

○TPP11
トランプ大統領は公約通り、就任3日後に「TPP離脱」を決定しました。もともと、TPPは世界GDPの4割、人口8億人という経済圏に21世紀型の高いレベルのルールを導入するという戦略でした。また、アジア太平洋地域が不安定な状況の中で、自由・民主主義・基本的人権・法の支配、といった基本的価値を有する国々が連携を深めようという、戦略的意義も有していたわけです。
この理念は、アメリカが離脱した今もなんら変わっていません。TPP11では、確かに経済規模は世界GDPの15%と小さくはなりますが、アジア太平洋地域11カ国、人口約5億人という今後成長が期待される大きな経済圏であることに違いはありません。こうした中、5月ベトナム・ハノイでTPP11ヶ国の担当閣僚が集まり、TPPの今後について率直な議論を行いました。
実は、思い出せば、各国のポジションは、最初は不安になるほど、バラバラだったようです。TPPにとにかく活路を見出そうという、豪州やNZ。トルドー首相に政権交代したために前政権との違いを出す必要のある微妙な立場のカナダ。中国などアジア全体のパワーバランスを注意深く見守っており動きを見せにくい、シンガポールやマレーシア。APEC議長国として何とかまとめたいベトナム。アメリカ抜きを一つのチャンスと見て独自の経済圏をつくろうとする中南米のメキシコ、ペルーやチリ。
そうした様々な各国の戦略的な思惑がありましたが、そこで日本がリーダーシップを発揮しました。私は、参加した閣僚とは、全て個別に会談を行い、各国の本音を聞き出しながら妥協点を探り出し、説得を試みました。その結果、11ヶ国でTPP早期発効を追求することで合意することが出来ました。米国のTPP復帰に向けた方策も検討することになりましたが、特に、各国とも、その点は「TPP11とアメリカとの橋渡し」を日本に期待しており、それをひしひしと感じました。
11月のAPEC首脳会合までに、TPP早期発効にどのような方法があるのか、閣僚が首脳に報告することでも合意しました。7月12日から14日には、箱根でTPP首席交渉官による高級事務レベル交渉を主催しました。日本がTPPで交渉会合を主催するのは初めてのことです。箱根会合の前後のタイミングでも、NZのマックレイ大臣が電話してきたり、私と誕生日が同じ、誕生時間もほぼ同じのメキシコのグアハルド大臣が大臣室を訪問したりと、各国とも日本を本当に頼りにしていると実感しています。今ほど日本のリーダーシップが求められていることはないと思います。そうした期待に応えていかなければなりません。

○日EU経済連携協定(EPA)
その日本のリーダーシップを世界に示せた最近の出来事が、7月6日の日EU経済連携協定(EPA)の大枠合意だったのではないでしょうか。ちょうど、その大枠合意のタイミングには、私は日・EU議連の会長として、EU議会のある、フランス・ストラスブールで、日・EU議員会議に参加していました。ストラスブールはパリからTGVで2時間弱、アルザス地方のドイツとの国境の狭間、欧州統合の象徴ともいわれます。
イタリア出身で、欧州議会議長のタヤーニ氏とも会談しましたが、保護主義が渦巻く世界経済に明るい自由貿易の旗印を掲げることが出来た、と「大枠合意」の政治的意義・国際的意義について喜びを分かち合いました。そうした意義に加え、もちろんのことながら、総人口約5億人、我が国輸出入総額の約10%を占める、我が国の主要な貿易・投資相手であるEUとの合意は重要な経済的意義も有します。
一方で、農林水産業に従事する方々を中心に、国内で心配や不安の声があるのも事実です。そうした声に真摯に寄り添い耳を傾け対策を講じていくことが政治の仕事です。全閣僚がメンバーであり、私が担当している「TPP等総合対策本部」では、TPPに加え日・EUのEPAについても審議するので、さっそく本部を開催し、強い農林水産業を構築するための基本方針も含めた、対策の基本方針を決定しました。その方針をふまえ、今秋を目途に具体的な対策をとりまとめます。道筋はしっかりとつけましたから、次は迅速に進めていくことです。

○最後に
経済再生大臣を拝命し1年半余、国内外とも激動でした。しかし、みなさまの応援もいただき、国内では未来投資戦略で将来の成長戦略に道筋をつけ、科学技術イノベーション予算もしっかり拡充させました。
国際交渉においては、TPP11や日EU交渉について、方向性では合意し、あとは技術的な交渉を残すところにまで近づきました。
今回、経済再生大臣の職は離れることとなりましたが、今後とも、日本経済再生に向けて力を尽くしていく覚悟です。引き続いてのご指導を宜しくお願いします。